吐き出します。ネガティブモード全開?
自分は、なぜ「必要とされていない」と感じることがこんなにストレスなのだろう。
もともと、一人っ子で、祖父母に育てられた。
小さいころから家の事も手伝い、それが当たり前の時代だった。
就職して、実家を出て一人暮らしを始めて、生活のためにと夜居酒屋でバイトを始めた。
このころ、夜一人で家にいることに、寂しさもあったし、時間が無駄だと考えていたからだ。
そして結婚。
家族ができ、自分の居場所を見つけた気がした。
そして、二人目の息子が生まれたころ、叔母が開業して、自分も仕事を手伝うことになった。
叔母の店の会計を担当しながら、美容師もする。
叔母は細かいことは気にしないので、金銭管理は自分にまかせてくれた。
従業員は自分だけなので、毎月の売り上げ管理や、確定申告も自分が担当した。
そのころ、元旦那が保険業務の代理店として仕事を始めた。
最初はそちらも確定申告など任されていたが、数年たつとしなくていいと言われた。
このころから、不審な借金が増えていたと思う。
自分も、カードを勝手に使用されて何度も返済した覚えがある。
そんなこんなで、借金と浮気が原因で離婚を決意した。
子供たち二人と今のアパートに移り住んだ。
20年以上前の話。
その時は同じアパートの上の階に親類が住んでいたので、すこし安心だった。
養育費も払ってもらえそうもないので、夜パートに出ることにした。
結果その場所で、最後は店長になってしまったwww
wワークは嫌じゃなかった。
子供たちも、夜はおのおの好きにしていたし、近くに叔母がいたのでなにかあれば叔母が助けてくれた。
昼の仕事が終わって、夕飯を作ってまたパートへ。
深夜子供たちが寝ている間に帰ってきて、翌日また叔母の店へ。
時給で働くことで、収入の目安ができたから。
叔母のところでは、売り上げ次第で給与の上下があった。
いい意味で子供たちは自立してくれて、ぐれることもなくwww成長し、高校生の頃は二人ともバイトをしてくれた。
そんなこんなで、「自分がいなきゃ」という思いで長くいたせいだろうか。
誰かに必要とされていないと、自分自身が否定されている気がしてくる。
前述のとおり、叔母はちょっとぼんやりだ。
何かがあると、すぐポンコツに相談してきてた。
実の娘たちより頼りにされていたことは事実。
当然、叔母の娘たちは複雑だったろう。
叔母のガンが判明したころから、ほぼ叔母との接点はなくなっていった。
そのころはすでに叔母の店は退職して、パートのほうで正社員として昼夜勤務していた。
会計管理だけ担当していた。
仕事に関して、忙しすぎることで退職を考えたことはない。
店長時代は、今ならいえるが、法定休日ももらえないときもあった。
反対にいまは週休二日きちんと休めることで、それに体がなれてしまった。www
年末年始もあるしね。
それまでの16年間。年末年始と年度末は棚卸があって絶対休めなかった。
知ってます?
忙しすぎると人ってハイになるんですよwwww
反対に、やることがないのは本当にしんどい。
閉店になる前、客数も伸びず、暇な時間は苦痛だった。
それでも、暇ならその分違う仕事もそこでは見つけられたが、いまはそれができない。
みんながやることがないなら、わかるが、ほかの人はあるけど、自分だけが仕事がないのだ。
こんな環境に陥ったことは初めてだ。
そして、
「仕事しなくて給料もらえるならいいじゃないか」
と思えない自分・・・
「何をすればいいか」を探す毎日に疲れてしまいました。
5年もいるのに、自分の役割がないなんてなぁ・・・
「ポンコツさんがいないと困るのよ」
って言ってほしいわけではないけど、いなくても困らないなら、いなくていいじゃん。
と結論が出てしまったということか。
あ、忙しいときだけいるか。www
自分が経営者であれば、ポンコツのような正社員より、即現場できる社員か、パートかアルバイトのほうが、効率的だと思ってしまう。
だからと辞めろと言われたことはもちろんない。
が、自分でそうしたほうがいいのでは。とひしひしと感じてしまった。
経営も苦しいのは知っている。
人員も効率的に回したいだろう。
今のままで中途半端なシニア社員を雇用し続けるよりも、先のある社員パート(バイト)を雇用したほうがいい。
そう思うからこそ、やはり今回の転職はいいタイミングだったと思いたい。
57歳でなかなか雇ってもらえない。
次の職場では、ばりばり働こう。

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